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懐かしのバキュームカー

トミカリミテッドヴィンテージ TLV-122a マツダT2000衛生車 江能環境整備

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 「暮れなずむ 冬の帰路にて すれ違う オート三輪 懐かしきかな」

 ごくまです。

 今日の夕方、仕事帰りに懐かしい車とすれ違いました。そう、オート三輪です。

 私が子どもの頃に住んでいた借家にはトイレがありませんでした。代わりに、大家さんの工場に隣接した、従業員も使う汲み取り式の共同トイレを使っていました。

 汲み取り式、いわゆるボットン便所なので、定期的にバキュームカーがやってきました。そのバキュームカーが、オート三輪だったのです。

 当時、トラックはすでに四輪が主流で、オート三輪バキュームカーでしか見たことがありませんでしたから、私を含め、隣近所の子どもたちの間では、オート三輪イコールバキュームカーでした。

 大きな目玉を思わせるユーモラスな顔つきのオート三輪が、屎尿タンクを曳いてやってくると、あたり一面に、えも言われぬ悪臭がただよい始めます。子どもたちはその悪臭と共にやってくるオート三輪を見て

 「バキュームカーが来た!」

 と大騒ぎになり、それまでの遊びを中断し、畏怖と、嘲りと、後ろめたさのようなものを感じながら、なるべく遠く、それでいて物陰から見えるような場所に隠れて、汲み取り作業を見守ったものです。

 私にとってバキュームカーの象徴、いやバキュームカーそのものだったオート三輪も、今では骨董品のような代物。私が今日見たのは、マツダのT2000という型式のものと思われます。

 現役で働く作業車ではなく、趣味で乗り回す用途の車だったのでしょう。塗装はきれいで、フロントグリルやモールはチッカチカに磨かれていました。

 父と母が若い頃、オート三輪でデートしていたという話を、子どもの頃に聞いたことがありますが、バキュームカーのイメージしかない私には、あまり良いイメージが沸きませんでした。

 そんな父と母も、今ではすっかり年老いて、ヨボヨボしてきました。オート三輪も骨董品になるわけです。私がヨボヨボになる頃には、今走っている”手動運転”の車が骨董品になっているんでしょうか。

 ということで、オート三輪を見て懐かしさと寂しさと心細さを感じたごくまでした。

 ではまた!