心は空気で出来ている

虚ろいゆく 心のままに 駄文を綴る

スポンサードリンク

ちはやふる 神代も聞かず 竜田川 唐紅に 水くくるとは

なごやか寄席 五代目 柳家小さん 千早振る/たぬき (MEG-CD)

今はちはやふる想い胸に抱いて

目指した先に何があるんだ?

 小倉百人一首にある、在原業平の歌。

 最近だと、「ちはやふる」の枕詞が、競技かるたを題材にした漫画のタイトルとして有名。

 昨年末あたりから、東海ラジオで『なごやか寄席』という番組が始まった。1974年から1999年(間に3年間のブランクがある)まで、同局で放送されていた落語の公開収録番組があり、CD化された音源を流している。

 先月12日の放送で、五代目柳家小さんの「ちはやふる」が流れていた。古典落語の演目で、歌の意味を問われたご隠居が知ったかぶりでその意味をこじつける、という内容だ。小さん師匠の声を何年振りかで聴いたが、あの声で思い出されるのはやはり永谷園

 さておき、私も少しは落語をかじっているが、浅学ゆえにこの演目は知らなかった。

 ざっくり内容をまとめると、長屋の住人から業平の歌の意味を問われたご隠居が、知らないとは言えずに歌の意味を無理やり自作してこじつける、という話。

 どうこじつけたかというと、まず「千早」という花魁が「竜田川」という力士を「振る」。竜田川はその妹の「神代」にも伽を頼むが、彼女も言うことを「聞かず」、やがて引退した竜田川は実家の豆腐屋を継いで、豆腐職人として生活する。

 何年か経ち、元竜田川関の豆腐屋に、乞食となった千早が訪れ、大豆のお「から」を恵んでくれと頼む。乞食の正体を千早と知った竜田川は、自分を小馬鹿にして相手にしなかった千早を突き飛ばし、千早は井戸のそばに倒れ込む。そのまま、お「から」を「くれない」のは自分が悪かったのだと井戸に飛び込み、入水自殺を遂げる(水くくる)。最後の「とは」は千早の本名だった。という具合。

 一応ストーリーにはなっているものの、無理やりなこじつけであり、そこが笑いどころだ。

 この演目の元の話が、1776年(安永5年)に出版された本にあるというから、なかなか歴史のある話だ。その頃の時代の人なら、下手な解釈など必要とせず、和歌をそのまま理解できそうなものだと思うが、そうでもないらしい。当時すでに、学のない人にとって、和歌は意味不明な言葉の羅列で、今と大して変わらない扱いだったようだ。

 物知りで通っているご隠居は、それを「知らない」とは言えないために、無理やり話をこじつける。知らない言葉に無理やり意味をこじつける、というので思い出したのが、去年までラジオ大阪で放送されていた『上坂すみれの文化部は夜歩く』でアシスタントを務めていた早瀬かなである。

 彼女は、番組内でよく上坂すみれに知らない言葉の意味を聞かれ、その場で創作した意味を、知ったかぶりで喋ったりしていた。その突拍子もない内容は、彼女の卓越した(?)創作センスを窺わせるものだった。

 番組終了後、昨年11月に芸能界を引退したそうだが、彼女の真の才能が開花する前に、芸能活動を終了せざるを得なかったことが、残念でならない。

 それはそれとして、知らない言葉の意味を無理やりこじつける遊びは、私も友人と何度かやったことがある。なかなか面白いので、もしかしたら、そのうちこのブログでもネタにするかもしれない。早瀬かなほどの天賦の才はないけれど。

 というわけで、本日はこれにてお粗末。

YOUTHFUL

YOUTHFUL

 
未来予想図II

未来予想図II