心は空気で出来ている

その場の空気で書く日記

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【思い出話】年の離れた母方の従姉が家に来て、自分の部屋に泊まった時の緊張感たるや

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「朝起ぎで 牛連れで 二時間ちょっとの散歩道」

 たまに、テレビ番組で『ポツンと一軒家』というのを見ることがある。

 人が住んでいそうにない山奥などに、ポツンと一軒家があるところに出かけて行って取材する、という内容だ。地元の人に案内してもらい、軽トラでようやく通れるような、狭く急な山道を登って、やっとたどり着いた場所に、お年寄りや、意外と若い家族が住んでいたりする。

 その番組を観ていると、東北の母の実家を思い出す。母の実家も山間の集落の家で、車が通れる道は1本しかなく、隣の家まで数百メートルあるような地域だった。その家がバス停の終点で、朝晩の1日2本しかバスが来ない。

 私が幼い頃に遊びに行った時には、まだ納屋で馬を飼っていた。便所は離れの小さな小屋で、なぜか棚の上に、マムシの焼酎漬けが置いてあった。夜はそれが裸電球に照らされて怖かった。こうして書いていても、あの古い家の匂い、木と、草と、馬と、糠と、肥溜めと、いろんなものが混じり合った複雑な、しかし懐かしい匂いが思い出される。

 そこでふと思い出した。母の姪で、従姉にあたる人が、家に遊びに来たことがある。父が家を建てて間もない頃だったから、おそらく新築祝いを兼ねて遊びに来たのだと思う。私はまだ小学4年生くらいだったから、大人の事情はあまり覚えていない。

 その当時、従姉はまだ東北に住んでいたから、日帰りというわけにはいかず、家に泊まるつもりで来ていたのだが、私の実家はそれほど広いわけでもなく、客を泊めるような部屋はない。そこで、私の部屋で布団を並べて、一緒に寝ることになった。

 従姉はすでに成人していて、私はまだ小学生。大人目線からは、別にどうということもなかったのだろうが、小学生とはいえ、すでに高学年に入った男子である。従姉が私の部屋で寝ると聞いたときは、ふーん、という程度に軽く思っていたのだが、自分の布団の隣に並べられた、従姉が入るであろう布団を見て、一気に緊張感が増してきた。

 別に性的な興奮を覚えたというわけではない。その頃の私はまだ、そういうことには目覚めていなかったので、あらぬ妄想を抱くというようなことはなかった。しかし、意識的には目覚めていなくとも、心の奥底ではすでに性的なものの萌芽があったのだろう。何か得体の知れない、一種異様な緊張感があった。

 従姉は、遅い時間まで母と話し込んでいて、私は先に布団に入って寝ていた。いや、布団に入ってはいても、緊張で目がギンギンに冴えていた。なぜ自分がそれほどまでに緊張するのか、その時の私はまだ、それを理解するには幼過ぎた。とにかく、なんだかわからないけれど、恥ずかしい、という気持ちが心を支配していた。

 いつ従姉が部屋に入ってくるかと、布団を頭からかぶって待ち構えているうちに、緊張で汗だくになっていた。しかし布団を捲って熱を逃がしている間に、従姉が入ってくるかもしれない。自分でもわけの分からない恥ずかしさから、自分自身を守るために、暑さに耐えながら布団の中に閉じこもっていた。

 やがて、背後で従姉が部屋に入ってくる物音がした。私は汗だくになりながら、より一層緊張感を増して、微動だにしなかった。従姉が布団に入る気配がした。全く眠れないまま、長い時間が過ぎた。実際にはそれほど長くはなかったかもしれないが、私には数時間も経っているように思えた。

 やがて、汗だくでじっとしていることに耐えられなくなり、もうそろそろ従姉も眠りに入っただろうと思って、静かに寝がえりをうった。少し布団を持ち上げ気味にして、なるべく熱を逃がすようにしながら。

 寝返りを打った私の目の前に、従姉の顔があるはずだ。しかし目は開けられない。私は完全に寝ているのだ。熟睡状態で、寝返りを打っただけなのだ。決して暑さに耐えられなくなったわけではない。私はもうすっかり眠りに落ちているのだ。などと、心の中で無駄な演技をしていた。

 それからまたしばらく時間が経ち、従姉ももう完全に寝てしまっただろうと考えた私は、こっそり従姉の寝顔を見てみたくなった。ゆっくり、少しずつ、ほんのわずかに瞼を開けた。

 従姉は目を開けて私の顔を見ていた。

 わぁあ!心の中で音もなく叫んだ。

 目を開けたことがバレないように、またこっそりと瞼を閉じた。時間は、私が感じているよりずっと遅く流れていたようだ。私の脳が高速で回転していたため、相対的に時間の経過が遅くなるという、相対性理論に基づいたアレだ。

 私は目を開けていない。従姉の顔を見ていない。寝ている。そんなフリで、私はまた寝返りを打った。心臓が、早鐘を鳴らすかのようにビートを刻んだ。火事だ。大火事だ。消防車、早く来て!

 寝返りを打ったことで、少し熱が逃げたせいか、布団の中はいくぶん涼しくなった。私はいつの間にか眠りに落ちていた。

 目を覚ますと、従姉の姿はすでに布団の中になく、階下に降りるとキッチンで朝食をとっていた。さわやかな笑顔で「おはよう」と挨拶してくれた。色白で目がぱっちりした、東北美人である。私は何事もなかったかのように挨拶を返し、従姉の横に座って一緒に朝食をとった。

 彼女とは、その後、私が高校生の頃に、母の実家に遊びに行ったときに会った。それきり、もう何十年も会っていない。結婚を親に反対されて、ひと悶着あったという話を、ずいぶん前に母から聞いたことがある。その後、東京に出て、別の男性と結婚したそうだ。すでに還暦を迎えているであろう彼女の人生は、どんなものだっただろうか。

 『ポツンと一軒家』がきっかけで、そんなことに思いをはせたのだった。

 ということで、今日の話はおしまい。

俺ら東京さ行ぐだ

俺ら東京さ行ぐだ