心は空気で出来ている

その場の空気で書く日記

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心に残る、ジョジョの奇妙な名言

ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風 O.S.T vol.1 Overture

 『ジョジョの奇妙な冒険』を、第1部からずっと観ている。

 今放送されているのは、第4シーズン『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』だ。このあたりまでは、ジャンプで連載中に読んでいた記憶がある。それも20年以上前の話なので、ほとんど覚えていない。そのほうが、かえって新鮮な目でアニメを観られる。

 先週か先々週の回で、敵のボス(といっても主人公たちはそのボスが率いるマフィアに所属していて、そいつを倒そうとしているのだけど)に、仲間のアバッキオが倒される話だったと思う。

 その中で、敵ボスが言ったセリフが強く印象に残った。

 「恐怖というものは打ち砕かなければならないのだ」

 ~中略~

 「それが”生きる”ということなのだ」

 恐怖を打ち砕く。それが「生きる」こと。

 そうだッ!今の私に必要なのは、まさにそれなのだァッ!

 というくらい、ハートにズシンと響き渡る台詞だった。

 あれから、毎日考える。

 私はどんな恐怖に囚われているのかと。それを打ち砕くことができるだろうかと。

 いや、でも違うんだ。

 恐怖について考えることが、まさに恐怖からの逃避なのだ。

 私は恐怖に直面しなくてはならない。考えるのではなく、直に感じなければならない。恐怖を、正面から目の当たりにしなければならない。

 しかし、そのような「~せねばならない」という考えもまた、恐怖から目を逸らす。

 考えるんじゃない。感じるんだ。

 それができるだろうか。思考を挟まず、恐怖を直視することが。

 いや、できるか否かではない。見るか否か、だ。

 私が恐怖に対処しようとすること、身構えること、私の側の、恐怖へのあらゆる働きかけが、恐怖を覆い隠すことなのだ。

 恐怖に対して、身構えることなく、無防備に向き合うこと。

 しかし、恐怖すること自体が、身構えること、防御することなのに、そんなことができるだろうか。

 いや、それも考えるまい。

 そもそも、恐怖に打ち勝つとは、どういうことなんだろう。

 何をもってして、恐怖に打ち勝ったと言えるのだろう。

 恐れていたものに対して、恐怖を感じなくなった時か。

 恐怖の対象。

 恐怖。

 恐怖とは一体何だろう。

 考えるのをやめたら、恐怖もなくなるだろうか。

 果たして、考えるのをやめることなどできるだろうか。

 考えるんじゃない、感じるんだ。

 月を示す指に気を取られていては、その先の光を見失ってしまう……