心は空気で出来ている

その場の空気で書く日記

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生き方や考え方は、しょせん結果論でしかない

 昨日だっけか、ホッテントリ入りしていた記事を読んで。

r25.jp

 これ、言いたいことはわかります。ここ数年、ホリエモンが書いてるようなことをぼんやり感じていました。感じてはいましたが、じゃあ実践できていたかというとそうでもない。

 この記事を読んで、なるほどなー、たしかにそうだよなーと思った後で、いやちょっと待てよと。

 こういう、人生訓みたいなものとか、ものの考え方とか、生き方とかそういうやつ、なるほどなーと思うことはあるけれど、自分にそれができるかというと、できません。

 なぜかというと、ホリエモンの考え方や生き方というのは、ホリエモンがその考え方、生き方に沿って人生を歩んできたわけではなくて、ホリエモンが歩んできた道を理屈で説明するとこうなる、というだけの話なんですよね。

 つまり、生き方・考え方が先にあって、それに倣ったのではなく、これまでの人生の歩みを、後付けの理論で説明しただけのことなんですよ。結果論なんですよ。今まで俺が歩んできた人生を人に説明するとき、こういう理論づけをすると、ある程度つじつまが合う、ってことです。

 当たり前ですよね。最初から生き方や考え方の方針が決まっている人なんていませんから。科学みたいなもんです。人生の実験と観察から導かれる理論。それが人生訓。

 人はそれぞれ違う人生を歩んでいますから、誰かの考え方や生き方を真似したからって、その人と同じようになれるわけがないんです。技術や知識は、人から教えてもらって習得することはできますが、人生そのものを人から教えてもらって習得するなんてできないと思います。できたとしたら、それは自分の人生じゃなくて、教えてくれた誰かの人生のコピーです。

 だからって、他人の人生訓や生き方・考え方が全く役に立たないかと言えばそうでもなくて、その中から、自分の人生にも通用するような、重要なエッセンスを汲み取ることはできると思います。それが「人生の真理」というやつだと私は思っています。

 ホリエモンの話になるほどーと納得して、じゃあ明日から俺もそうしよう、というのでは話になりませんが、話の中にあるエッセンス、真理を汲み取ることで、自分の生き方も変えられるかもしれません。

 ただ、真理を汲み取るというのは、知識として学習するのとは訳が違ってて、今後の人生に生かそうとかいうレベルの話ではなく、その瞬間、真理を汲み取った瞬間に自分の生き方が変わる、ということなんです。これからそうしよう、という実践ではなく、自分の中にその真理が生きているから、意識的に何かをする必要がありません。すでに変わっているんですから。

 逆に、他人の話を読んで、なるほどなー、俺も今からそういう考え方にしよう、そういう生き方を実践しよう、なんて言ってるうちは、まだ全然読みが浅い。

 自分の生き方や考え方を説明するのは、誰かにそれを聞かれるくらいの人物になってからでいい。理屈をこねる前に、まず自分自身を生きる。まず生きろ、話はそれからだ、ということですね。

時間革命 1秒もムダに生きるな

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